Top >  がんの予防と治療-最新情報 >  Dr.中川のがんを知る: >  Dr.中川のがんから死生をみつめる:/94 もし進行が遅ければ…

スポンサードリンク

Dr.中川のがんから死生をみつめる:/94 もし進行が遅ければ…


Dr.中川のがんから死生をみつめる:/94 もし進行が遅ければ…

武田信玄が胃がんだったとは!!

徳川家康は天ぷらの食あたりで死んだと読んだ記憶がありますが、

家康も胃がんだったとは驚きです!!

Dr.中川のがんから死生をみつめる:/94 もし進行が遅ければ…


<以下、記事の引用です>

Dr.中川のがんから死生をみつめる:/94 もし進行が遅ければ…

 1895年にエックス線が発見され、身体の内部を見ることができるようになるまでは、がんと言えば、「乳がん」を指していました。

 江戸時代には、「肺がん」や「胃がん」といった病名は存在しませんでした。また、がんは一種の老化症状ですから、「人間50年」の昔は、がんで亡くなる人は、今と比べて珍しかったことでしょう。

 それでも、がんで亡くなったと思われる歴史上の人物は少なくありません。たとえば、武田信玄は三方ケ原の戦いで、徳川家康を圧倒し、天下は目の前にありました。しかし、一説には、このときすでに末期の胃がんに侵されていたと言われ、この戦いの翌年、世を去っています。

 一方の徳川家康は、大坂夏の陣で豊臣家を滅亡させ、天下統一を成し遂げた翌年、亡くなりました。死因は、信玄と同じ胃がんだったと思われます。

 家康は、元祖「健康オタク」として知られます。外国から伝来したばかりの「たばこ」を吸おうとしなかったばかりか、喫煙禁止令まで出したほどです。また、肥満体だった今川義元を反面教師として、粗食とタカ狩りなどの運動を心がけたと言われます。

 しかし、1616年1月21日、タカ狩りの後、「タイの天ぷら」を食べた家康は、激しい腹痛と嘔吐(おうと)に襲われました。おそらく、胃がんが大きくなって、天ぷらが詰まってしまったのでしょう。

 「天ぷらの食あたりが家康の死因」と言われることもありますが、おそらく誤解です。家康が死亡したのは、4月17日。天ぷらを食べてから3カ月近くたってからです。その前から徐々にやせてきていたこと、侍医の触診で腹部に「しこり」を認められていたことなどから、胃がんの可能性が高いといえます。

 家康のがんは、1600年の関ケ原の戦いのころには、胃の粘膜を侵し始めていたのだと思います。しかし、家康の胃がんは、天下統一までの時間を与えました。逆に、信玄の胃がんの進行がもう少し遅ければ、歴史は大きく変わっていたかもしれません。歴史に「もし」はありませんが。(中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長)

スポンサードリンク

 <  前の記事 Dr.中川のがんから死生をみつめる:/99 福島原発事故の放射線被害、現状は皆無  |  トップページ  |  次の記事 手術や薬に頼らない いま必要な本当のがん治療  > 

         
このページについて

このページは「がん治療最前線!フコイダンの真の力」の記事のひとつです。

他にも多くの記事があります。トップページサイトマップもご覧ください。

スポンサードリンク

更新履歴