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Dr.中川のがんから死生をみつめる:/14 脳死は人の死か

Dr.中川のがんから死生をみつめる:/14 脳死は人の死か

Dr.中川先生のコラムです。

今回も臓器移植法の改正の問題を、もう少し深く説明してくれています。

脳死を人の死として考えるかどうか?

日本人の死生観を変えなければ難しいのかも知れませんね。

Dr.中川のがんから死生をみつめる:/14 脳死は人の死か
<以下、記事の引用です>

Dr.中川のがんから死生をみつめる:/14 脳死は人の死か

 6月18日、衆院本会議で、脳死を「人の死」とすることを前提に、本人の意思表示がなくても、家族の同意だけで臓器提供を認める法案が可決されました。法案では、さらに、現行では禁止されている15歳未満からの臓器提供も認めています。

 この法案の内容は、臓器提供についての世界標準の考え方と言ってよいものです。参議院での議論を見守る必要はありますが、小児患者を含めて、臓器移植によって救われる命が増えるきっかけになればと思います。

 一方、普段やりあっている麻生太郎首相と民主党の鳩山由紀夫代表は、この法案にそろって反対しました。首相は「脳死について、まだ世の中の意見がきっちり固まっていない」、鳩山代表は「脳死を人の死と本当に認めていいのか」と、同じような感想を述べています。

 臓器移植法が施行されてから12年、わが国では、たった81例しか脳死臓器移植が行われていません。臓器提供の意思を表明する「ドナーカード」の話も最近はあまり耳にしません。実際、ドナーカードなどを持っていない割合は、昨年の内閣府調査で91・6%に達し、02年の91・0%から増えています。毎日新聞の世論調査でも、現行法通り「脳死は臓器提供の意思を示す人に限るべきだ」という人が52%と過半数を占めています。こうした実態からは、死の定義の変更に、国民的な合意があるとは言えないように感じます。

 脳死を人の死として、動いている心臓を取り出す考えは、臓器の中で脳を「特別視」することを意味します。この「脳の別格化」は現代人の特徴といってよいかもしれません。養老孟司先生が言われるように、「脳中心主義」は近代化、都市化と密接に関連します。近代社会が自然とのふれあいを失っていくなかで、脳以外の臓器は、まさに「脳の手足」になってしまったかのようです。

 しかし、日本の風土が日本人の死生観をはぐくんできたこともたしかです。四季と自然に恵まれた日本は、まだまだ都市化が進んでいない、といえるのかもしれません。臓器移植の問題は、日本人の死生観を見つめるよい契機でもあります。(中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長)

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