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Dr.中川のがんから死生をみつめる:/1

Dr.中川のがんから死生をみつめる:/1 人間も自然の一部

毎日新聞社のDr.中川のコラムを引用させていただいています。

今回は死生を見つめる!その1!

死も自然な現象であり、人間も自然の一部として死んでいくのだという死生観を教えてくれます。


<これより、コラムの引用です>


Dr.中川のがんから死生をみつめる:/1 人間も自然の一部

 今週から、がんを通して、生きること、死ぬことを考える新しい連載を始めます。現代の日本人が、すっかり忘れてしまったかのように見える「死」というテーマを、国民病ともいえる「がん」を通して考えてみたいと思います。平和国家・日本では、がんは死の影を持つ代表選手ですから、がんは「死を考える突破口」ともいえます。

 死を思わない日本人は、がんを知ろうとしません。国民の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなる日本は世界一の「がん大国」ですが、日本人のがんに関する知識はお粗末です。がん治療やがん対策に関するトピックスも、連載の中で随時紹介していきたいと思います。

 今、都内では満開の桜が散り始めています。古来、日本人は桜に「死生」を感じてきました。たとえば、西行の「願わくは花のもとにて春死なむ そのきさらぎのもち月のころ」、小林一茶の「死支度致せ致せと桜哉」という歌や句には、桜を愛し、死を思う日本人の姿が見て取れます。そこにあるのは、自分も自然の一部であるという感覚です。その感覚は、夜桜に酔いしれる私たちにも、本来は受け継がれているはずですが、急速な都市化によって、生活の中でも、私たちの心の中でも「自然」の存在が失われています。

 人間が自然の一部であることを示す最大の証拠は、桜の花と同じように、私たちの命にも限りがあることです。死は本来、自然のことなのです。しかし、現代の都市文化の中で、そのことが見えにくくなってしまっています。

 つい最近まで、ほとんどの日本人は、自分の家で亡くなっていました。しかし、今では9割近くが病院で亡くなり、生活の中に「死」はありません。まるで、病院に死を隔離し、隠蔽(いんぺい)してしまっているようです。この結果、本来自然なことである「死」を、日本人が受け入れられなくなってしまっています。

 それでも、散りぎわの桜を何より愛する日本人には、死を思う「遺伝子」が今なお備わっていると思います。散り行く桜の花びらを見つめながら、死生を考える連載の歩を進めます。(中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長)

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