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桑田「いとしのエリー」のモデル、姉を乳がんで失っていた

桑田「いとしのエリー」のモデル、姉を乳がんで失っていた

桑田さん関係のニュースです。

桑田さんの実のお姉さんもがんだったとのことです。

姉と弟で50代にがんを発症してしまうとは残念ですね。

遺伝的な問題もあるのかもしれません。

お姉さんは2年前にがんで亡くなっているそうです。

桑田さんの復帰を心から願っています。

がんばってくださいね。

桑田「いとしのエリー」のモデル、姉を乳がんで失っていた

<以下、記事の引用です>

桑田「いとしのエリー」のモデル、姉を乳がんで失っていた

独特のハスキーボイスで喉を酷使してきた桑田佳祐が、食道がんを告白した(写真提供 産経新聞社)
 初期の食道がんであることを公表した桑田佳祐(54)は、最愛の姉である岩本えり子さんを2年前に同じがんで亡くしている。56歳の若さで亡くなったえり子さんは、サザンのヒット曲「いとしのエリー」のモデルとなったともされる人物。最愛の人を亡くした悲しみに追い打ちをかけるように、今度は桑田自身ががんの病魔と戦うことになった。

 えり子さんは1995年に乳がんを患い、一度は克服したが、2008年2月に末期がんの再発が発覚。闘病の甲斐なく10月19日に死亡した。

 同年の5月には、サザンが無期限活動休止を発表。桑田もえり子さんを献身的に看病したが、「全身に転移して施しようがなかった」(関係者)という。

 えり子さんと桑田は業界では有名な仲良し姉弟。桑田の幼年時代、共働きをしていた両親の代わりに桑田の面倒を見たという。桑田がサザンを結成してデビューする前の75年に渡米し、通訳として活躍。一方で、楽曲の英語作詞を手伝うなど、桑田の創作活動を影から支え続けた。

 ファンの間では、79年のヒット曲「いとしのエリー」のモデルになったともいわれている。

 96年に帰国してからは、茅ケ崎の海の景観を守る市民団体の代表を務めた。07年には茅ケ崎市長選への出馬もうわさされたが、病魔には勝てなかった。

 天国から見守るえり子さんのためにもがんに打ち克って、再び元気な歌声を聞かせてほしい。


[2010年7月29日17時0分]

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