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早過ぎる…中島梓さん逝く

早過ぎる…中島梓さん逝く

栗本薫さんすい臓がんで亡くなるのニュースを先日書きましたが補足です。

最初は乳がんからだったようです。

1990年に右の乳がんの手術をして、2007年にすい臓がんの手術!

抗がん剤の治療を受けながら2009年5月に亡くなられました。

転移した場所がすい臓では難しかったということになりますか。

56歳、どう考えても早すぎますね。残念です。

中島梓さんのサイトがありますのでリンクしてみます。

神楽坂倶楽部

日記もありまして、がん闘病の経過報告なども読めます。

早過ぎる…中島梓さん逝く
<以下、記事の引用です>


早過ぎる…中島梓さん逝く
 作家「栗本薫」と2つの名前を使い分け、テレビのクイズ番組に出演するなど多彩な分野で活躍した評論家・中島梓(本名今岡純代=いまおか・すみよ)さんが26日、午後7時18分、膵臓(すいぞう)がんのため東京都品川区の病院で死去した。56歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者のみで行い、後日、お別れの会を開く。喪主は夫今岡清氏。

 早大文学部卒。栗本薫名義で79年、「ぼくらの時代」で江戸川乱歩賞を受賞。79年に始まったSF大河小説「グイン-」は126巻に達し、世界最長のシリーズとなっていたが、未完に終わった。

 80年代にはテレビ「象印クイズ ヒントでピント」にレギュラー出演。ミュージカルの脚本、演出も手がけた。

 90年に乳がんで右の乳房を切除し、退院までの一部始終をつづった「アマゾネスのように」を出版。2007年末に膵臓がんの手術を受け、自宅療養を続けていた。抗がん剤治療を受けながら病床でも執筆を続け、08年夏には闘病記「ガン病棟のピーターラビット」を刊行。4月下旬にはホームページで「小説をなんとかしなくては」とつづっていた。


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