忌野清志郎さんの記事をご紹介します。
喉頭(こうとう)がんが発覚した06年7月。歌手生命にかかわる声を奪われることを恐れた清志郎さんは、初期段階でがんの摘出を拒否していたのだ。吉田さんはこれまでの闘病取材の経験から「06年に喉頭がんが見つかった段階で手術を受けても声帯を失うようなことはなかったはずです。すぐに医者の勧めに従わず正攻法でいかなかったことが命を縮める原因になったように思えてなりません」と残念がった。
どのような治療法をとればいいのか!
がんの治療はほんとに難しいということですね。
<以下、記事の引用です>
清志郎さん“がん克服記”の取材を断っていたがん性リンパ管症で急逝したロック歌手の忌野清志郎さん(享年58歳)のがん治療法を以前から不安視していたジャーナリストがいた。芸能人、政治家、スポーツ選手ら、がんを患い、克服した様々なジャンルの著名人16人のインタビューを集めた新刊「『がん』は患者に聞け!」(徳間書店 1500円税別)の著者、吉田健城さん(52)。忌野さんの闘病生活について「漢方などの民間医療の効能を信じ、初期段階で医者の説得をかわしたことが原因ではないか」と指摘した。
吉田さんは、プロゴルファーの杉原輝雄さんをはじめ、これまで40人以上のがんを克服した著名人をインタビューしてきた。昨年7月には忌野清志郎さんにも取材を依頼していた。同2月に日本武道館で「完全復活祭」が成功に終わり、闘病生活を聞くには、ちょうどいいタイミングのはずだった。だが、返事は意外にも“NO”。「それから2、3週間後にコンサートが中止になったので、ああ、転移してしまったのかな、と思っていた。やはりその通りでした」と振り返った。
様々な闘病生活を取材してきた吉田さんは、清志郎さんのブログ上での発言を見て以前から疑問を感じていた。「医者の説得をかわし、民間の代替治療を選んだ」「玄米菜食法を続けて、がん細胞を消滅させた」「今は調子がいいので、放射線治療は本当にダメになるまでは拒否するつもり」「(民間療法の)結果、1年後にはやせ細って死んでしまうと言われていたのが、今ではすこぶる元気になった」など…。
喉頭(こうとう)がんが発覚した06年7月。歌手生命にかかわる声を奪われることを恐れた清志郎さんは、初期段階でがんの摘出を拒否していたのだ。吉田さんはこれまでの闘病取材の経験から「06年に喉頭がんが見つかった段階で手術を受けても声帯を失うようなことはなかったはずです。すぐに医者の勧めに従わず正攻法でいかなかったことが命を縮める原因になったように思えてなりません」と残念がった。
吉田さんは2004年2月から実用月刊誌「がんサポート」でインタビュー記事の連載を開始。当初は3人に2人は断られたというが、ここ数年は積極的に応じる人が増えてきたという。変化の発信源は米メジャーリーグ。現ドジャース監督のジョー・トーレは、ヤンキース時代に前立腺がんを克服してから常勝チームを構築。05年からメジャーリーグで始まった乳がん撲滅のためのピンクバット運動は一大ムーブメントになっている。「以前は自分の商品価値に傷つくことを恐れる人が多かった日本でも使命感を持って公表しようという人が増えてきた」と話した。
清志郎さんも、がんを公表し、積極的にメッセージを送り続けた一人だった。「実際には抗がん剤もやっていたようですが、民間療法だけでがんを消したという突っぱねた姿勢が彼らしいので玄米菜食で治したと言っていたのではないでしょうか」清志郎さんの闘病記をつづることは、ついにかなわなかった。
◆吉田 健城(よしだ・けんじょう)1956年8月17日、青森県青森市生まれ。52歳。上智大新聞学科卒業後、集英社に入社。月刊プレイボーイ編集、ノンフィクション書籍出版などを経て93年退社。出版社「マサダ」を起こし、150冊あまりのノンフィクション、スポーツ関係書籍を手がけ、03年会社整理後は友成那智のペンネームで大リーグ中心にスポーツを取材。
◆収録されている有名人 山田邦子(タレント)鈴木宗男(衆議院議員)杉原輝雄(プロゴルファー)三木たかし(作曲家)栗本薫(作家)豊田泰光(プロ野球解説者)洞口依子(女優)仙谷由人(衆議院議員)大橋巨泉(タレント)宮崎ますみ(女優)カシアス内藤(元プロボクサー)より子(シンガー・ソングライター)市田忠義(衆議院議員)盛田幸妃(プロ野球解説者)谷沢淳(フォトグラファー)小林邦昭(元プロレスラー)
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