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67歳まさに鉄人 トライアスロン23回完走の秘訣は

67歳まさに鉄人 トライアスロン23回完走の秘訣は

ほんとに鉄人のような人がいるんですね。

前立腺がんを患った時のお話がもう少し聞きたかったです。

これだけの精神力の持ち主ですから、常人とは違った考え方をしているかも!

がんなど何するものぞ!って感じでしょうか!

生きがいのある人生だからこそがんを克服できたのかもです。

生きがい!は重要な抗がん剤となりうるのでしょう!

67歳まさに鉄人 トライアスロン23回完走の秘訣は

<以下、記事の引用です>

67歳まさに鉄人 トライアスロン23回完走の秘訣は 2010年7月28日


22年前に手に入れた自転車を使い続ける。「道具で勝負するわけじゃないからね」と言う田鍬誠基さん

 水泳3キロ、自転車145キロ、マラソン42.195キロを競う全日本トライアスロン皆生大会に、23年間出場し完走し続ける鉄人がいる。制限時間を超えたためにゴールできない参加者もいる中、琴浦町赤碕の田鍬誠基(たくわ・せいき)さん(67)は今月の大会も14時間28分9秒のタイムで走りきった。824人中705位。県内の完走者では最高齢だ。

 健康のために34歳でジョギングを始めた。当時は公務員だった。午前5時に起きて通勤前に20キロほど走った。何事にも夢中になる性格なので、40歳でフルマラソンに挑んだ。数年後には2時間40分台で42.195キロを走れるようになった。

 トライアスロンにも興味があったが、水泳が苦手だった。海に潜ってサザエやアワビをとるのは得意だが、中学や高校に水泳の授業はなく、きちんとした泳ぎ方を教わったことがなかった。

 皆生でトライアスロンの第1回大会が開かれたのは1981年8月20日。参加はしなかったが、号砲が鳴る午前7時に合わせて近くの学校のプールで3キロを泳いでみた。途中に足をつきながらでスムーズには進めなかった。自信につながらなかった。

 その後、職場近くに屋内プールが完成したのを機に週3、4日通い、クロールと平泳ぎを基礎から半年間習った。国体選手が使っていた競技用の自転車も10万円で手に入れ、準備を整えた。

 初出場は88年7月24日の第8回大会。45―49歳の部でいきなり優勝した。海が荒れて苦手な水泳が中止となり、自転車とマラソンのみで争った。「練習の成果は出せなかったけれど、ラッキーだった」と笑顔を見せる。

 第13回大会でも50歳以上の部で優勝を果たした。これまでの最高タイムは10時間8分台。部屋にはトロフィーがずらりと並んでいる。

 体を作るため、特別な食事や練習をしているわけではない。栄養ドリンクやプロテインは嫌いだ。白ご飯が大好きで、今も朝昼晩にどんぶり一杯ずつ食べる。毎朝15キロのジョギングは欠かさない。「継続は力なり。何事も続けることが大切」と言う。

 4年前に前立腺がんを発症した。医師からすぐ治療するように指示されたが、トライアスロンを控えていたので医師を説き伏せ、大会に出た後に放射線治療を施した。今は完治し、レースを続ける。

 トライアスロンの参加は皆生だけだが、フルマラソンは時にホノルルや北海道まで足を運ぶ。参加した大会は82回に及ぶ。「昔はがむしゃらだったけれど、今はペース配分に気遣っている。70歳を過ぎてもトライアスロンとフルマラソンは続ける」

 ガッツポーズをした右腕に67歳とは思えない力こぶが盛り上がった。

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