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三遊亭円楽氏=落語家

三遊亭円楽氏=落語家

三遊亭円楽さんが肺がんのため亡くなられました。

たいへん残念なことです。

ご冥福をお祈りします。

三遊亭円楽氏=落語家
<以下、記事の引用です>

三遊亭円楽氏=落語家

 日本テレビ系の演芸番組「笑点」の司会などで知られた落語家の三遊亭円楽(さんゆうてい・えんらく、本名・吉河寛海=よしかわ・ひろうみ)さんが、29日午前8時15分、肺がんのため亡くなった。76歳だった。告別式は近親者のみで行う。喪主は妻、和子さん。

 東京・浅草生まれ。1954年に六代目三遊亭円生に入門。全生を名乗り、58年に二つ目、62年の真打ち昇進と共に五代目三遊亭円楽を襲名した。

 60年代の演芸ブームでは立川談志、古今亭志ん朝、橘家円蔵さんとともに「寄席四天王」と呼ばれた。78年に円生とともに落語協会を脱退、翌年の円生の死後も一門を率い円楽一門会の名で活動を続けた。「笑点」では、83年から2006年まで司会を務めた。07年に落語家を引退していた。

(2009年10月30日22時43分 読売新聞)

 落語ブームを支えた円楽さん死去の知らせに、悲しみの声が相次いだ。

 円楽さんの「笑点」降板後、司会を引き継いだ桂歌丸さん(73)は、「『笑点』が始まる前からの付き合いで、共に貧乏や苦しいことを乗り越え、落語や番組のことでたくさん話し合った仲でした。古典をきちんとしていたし、落語家のお手本のような人。落語界にとっても大変な損失」と悲しみを押し殺すように語った。

 来春、六代目円楽を襲名する楽太郎さんは、自身がプロデュースした「博多・天神落語まつり」のため、「笑点」メンバーの林家木久扇さん(72)、三遊亭小遊三さん(62)、三遊亭好楽さん(63)らとともに福岡市に移動していた。

 楽太郎さんは「師匠の急変に間に合わなかった事が、弟子として断腸の思いです。来年3月の円楽襲名に師匠である五代目がいない事、さみしさと重い責任を感じています」とのコメントを寄せた。

 木久扇さんは「入門した時、楽屋で会って以来、49年間の付き合い。落語界のお父さんのような存在だった」、小遊三さんは「豪快な芸風で、ああいう芸をしないといけないと思って見てきた。芸の道について、当初は『何でも受ければいいってもんじゃないよ』と言われたことを覚えている」としんみり。

 28日に見舞ったという弟子の好楽さんは「広い視野、堂々たる芸で、落語界の格式を上げることに力を尽くした人だった」と語った。

(2009年10月30日22時57分 読売新聞)

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