「人生いろいろ 過ぎたら思い出」 新世界の名物"ママ"がん克服、店再開
がんを乗り越えてがんばっている人のお話は胸にジンときます。
人生をどう生き抜くか、病気ではない人にもたくさんのヒントがいっぱいあるので興味深く読ませてもらっています。
本をぜひ書いてもらいたいですね。
「人生いろいろ 過ぎたら思い出」 新世界の名物"ママ"がん克服、店再開
<以下、記事の引用です>
2009年8月20日
「人生いろいろ 過ぎたら思い出」 新世界の名物"ママ"がん克服、店再開大阪・新世界の一角にある名物お好み焼き店「千両」=浪速区恵美須東=で、“ママ”と慕われる西元昇さん(64)が顔にできたがんを克服、常連客らの後押しなどを受けて店を再開させ、順調に経営を続けている。若いころから性の問題に悩み、波瀾(はらん)万丈の人生を送った西元さんは、悩みの相談を受けたりしてきたお客との絆(きずな)を一層大切にしながら、「まだやるべきことがある」と元気に話している。
通天閣を見上げる街角にある。店はカウンターだけで、壁にはテレビ収録などで訪れた芸能人の色紙がずらりと並ぶ。西元さんは客の悩みに耳を傾け、時にしかり、時に背中をそっと押す。豊富な人生経験で客の信頼は絶大だ。西元さんは「今までいろいろあったけど、過ぎてみたらいい思い出やね」と笑う。
幼いころから女友達と遊ぶことが多く、中学時代の初恋の相手は同性だった。中学卒業後に鹿児島から集団就職で大阪に。町工場で住み込みで働いたが、「気持ち悪い」と同僚に避けられほどなくやめた。差別に悩みながら職を転々とし、時には新世界近くの公園で野宿することもあった。
20歳のとき、化粧をしたら内向的だった性格が一変。新世界やミナミのゲイバーなどで働いた。「ずっとがむしゃらだった。野宿には戻りたくなかったから」。その後化粧を落とし、40歳のころに千両を開いた。
がんが見つかったのは昨春。突然鼻水が止まらなくなり、「右上顎腫瘍(じょうがくしゅよう)」と診断された。上あごの骨のがん。死の恐怖で、病院からの帰り道は何も覚えていない。
遺書を書き、昨年8月に9時間半の大手術を受けた。上あごからほおにかけての骨を切除し、腹部の脂肪を移植。成功したが右ほほは腫れ、人の目が気になって鬱(うつ)状態になった。孤独と再発の恐怖も重なり、「死んでしまおう」と思ったこともあったという。
しかし入院生活の間、病室には常連客らが連日見舞いに訪れた。主治医にも励まされ、客に会いたい一心で腫れた顔のまま10月下旬に店を再開。その後再入院して整形し、今では腫れも目立たなくなった。
闘病生活を乗り越えたことで、今は人生に対する肩の力が抜けたという。西元さんは「まだやるべきことがあるから生かされたと思うの。今は逆に私が、お客さんに甘えて癒してもらってるし、これからは少しのんびりやっていきたい」と語った。
【写真説明】 がんから復活した西元さん。豊富な人生経験で客の信頼は絶大だ=大阪市浪速区(甘利重慈撮影)
