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サイエンス がんも怖いけど、日焼け避ける方がずっと体には悪いかも


サイエンス
がんも怖いけど、日焼け避ける方がずっと体には悪いかも

確かに日焼けは良くないという教育を受けてきた感じですね。

ビタミンDがこれほど重要なものとは思ってもみませんでした。

もっと外へ出なくては!!

子供は外で遊べ!ですね。大人も一緒に!

サイエンス
がんも怖いけど、日焼け避ける方がずっと体には悪いかも


<以下、記事の引用です>


日光が肌に当たるとできるビタミンDは体に欠かせぬもの。現代のライフスタイルでは燦々と降り注ぐ太陽の下で過ごす時間も最小限になっていますが、日焼けは従来考えられてきたほど悪くないんですよ。なぜか? 天文学者ボブ・バーマン(Bob Berman)著『The Sun's Heartbeat』が研究最前線の現況をざっくり解き明かします!

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太陽の悲劇の序章は有史はるか以前に遡る。事の次第は今となっては推測に頼るほかないが、5万年から7万年前に人類大移動が始まり、我々の祖先は熱帯および赤道直下の強い日差しから遠ざかっていき、そしてたちまちビタミンD欠乏症となった。

我々の体は肌が太陽の紫外線(UV)に当たると体内にビタミンDが生成される。UVの密度は太陽の傾きが低くなるとガックリ減る。そのため温帯...特に高緯度の地域の住民は赤道付近の10%程度しかUVを浴びることができないのだ。

北方に移動するに従い、先祖の体にはビタミンD欠乏症が発達してゆき、それは即座に残忍な結果となって現れた――ダーウィンが唱える冷酷非情な進化のプロセスで生存種から淘汰されたのだ。つまりくる病(ビタミンD摂取不足で起こる)に罹った女性の胎児は母体の外に出ること叶わず、分娩で母子ともに死んでしまうのである。

たった数千年の間に自然淘汰で一部の人の肌は白くなり、高緯度に注ぐ低密度の日光からでもビタミンDの摂取が可能となった(肌の色を黒くするメラニン色素には肌を紫外線から守る日焼け止めの効果がある。赤道付近では裸で日光を浴びると紫外線に当たり過ぎて害になるためメラニン色素が必要)。北米・北ヨーロッパは気候も温暖なため、人々は1年のうち半分以上も肌をほぼ100%外気に晒し、ビタミンDを体内の筋肉や脂肪に貯めて過ごす。こうして新しいバランスが形成された。

ところが、この1世紀で何もかもがガラリと変わってしまった。

まず米国と欧州では生活の大半を野外で過ごす農耕社会から生活の大半を室内で過ごす製造社会へと社会が一変した。また人々の移動手段も窓で四方囲まれた車になった。ガラスは太陽の紫外線を弾くのでビタミンD生成の妨げとなる。1950年代後半にはエアコンが広く普及し始め、1970年代に入ってエアコン価格が下がると人々は窓を開けっ放しにしておくのをやめた。さらに窓枠に固定するタイプのエアコン人気が加速。自宅でも職場でも我々の体に届く唯一の太陽光はUVを遮断するガラスを通して入ってくる光ぐらいという状況になった。

こうなると二重三重に麦わら帽を被ってるようなものだが、最後の止めがサンブロックだ。日焼け止めなんてものは今から30年前まで存在もしなかった。初期のUV軽減クリームは光量をせいぜい半分に減らす程度で、1950年代には紫外線を完全に遮断する製品としてではなく、なんと日焼けを推奨する製品としてプロモートされていた。それがやがて1980年代に入って市場に新投入されたのがサンブロックだった。SPF(sun protection factor、日光防止指数)の値が30、45のサンブロックを塗れば体内ビタミンDの生成は事実上止まってしまう。同時に人々は夏の間はずっとこの手のローションで自分の体を保護するようアドバイスされた。医学界でさえ皮膚がん予防のため太陽から隠れるよう奨励する始末だった。

かくして人間の変態は完了。我々現代人はH.G.ウェルズが小説『タイムマシン(The Time Machine)』で描いたモーロック族じゃないけど、太陽の紫外線からほぼ完璧に遮断された存在となってしまったのである。
 

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