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ザ・特集:ぴんころ地蔵、ポックリ大師、ころり観音...なぜ「PPK」ブーム?


ザ・特集:ぴんころ地蔵、ポックリ大師、ころり観音...なぜ「PPK」ブーム?

ぴんころ!!

最近ほんとによく聞く言葉です。

うちの母もよくぴんころで死ねればいいね!と言います。

この記事にあるように、

人工呼吸器をつけてまで長生きしたくはありませんね。

社会全体がぴんころを受け入れることができれば、

延命治療は必要ないような社会に変わっていくかもしれません。

がんで寿命が決まって苦しまずにあの世へいければ、

それもぴんころの死に方かも知れませんね。


ザ・特集:ぴんころ地蔵、ポックリ大師、ころり観音...なぜ「PPK」ブーム?

<以下、記事の引用です>

ザ・特集:ぴんころ地蔵、ポックリ大師、ころり観音...なぜ「PPK」ブーム?

2011年2月18日
 ぴんころ地蔵、ポックリ大師......そんな愛称がある仏様参りがはやっているという。PPKともいうらしい。明るい響きに込められた意味を、現場を歩いて考えた。【宍戸護】

ポックリ大師の前で手を合わせる年配の女性=横浜市緑区の福泉寺で2011年2月8日午後、宍戸護撮影
 ◇ぽっくり祈願、超長寿社会反映/数年前から増え始めた参詣者/バスツアーなどで年5万人も

 柔らかい日差しのなか、ぴんころ地蔵は立っていた。長野県佐久市の野沢地区。体長約1メートル、胴径約60センチの御影(みかげ)石製。御利益があると聞いた頭をなでた。うっすらと黒光りして滑らかな触り心地。いかに大勢の人が願をかけたか、と思いをはせる。この地蔵を作った一人で、地元商店主らでつくる「ぴんころ会」会長の市川稔宣(としのぶ)さん(64)は「元気よくピンピン生きて、最期は寝込まずにコロリと逝く。そんな願いを込めた。PPKとも呼びます」と話す。

 「PPK」は、長野県飯田市の元高校教諭の北沢豊治さん(70)が1979年、長野県体育学会でPPK体操を発表したのが始まりとされる。北沢さんは「お年寄りの会話によく出てくる、ピンピンとコロリの二つの言葉を組み合わせた」そうだ。

 地蔵は2003年10月、東京・巣鴨のとげぬき地蔵を参考に、まちおこしのために地元有志らによって成田山薬師寺前に建立された。高齢社会の流れにも乗って狙いは的中。以前は地元の人たちしか来なかったのに、今ではバスツアーまで組まれ、年約5万人が訪れる。恐るべき御利益だ。

 「ぴんころ地蔵」で商標登録もした。目抜き通りを歩くと、ぴんころグッズがあふれていた。携帯電話のストラップ、湯のみ、エコバッグ、法被まである。写真やイラストの地蔵の表情は、なんとも言えず愛らしくて、人なつっこい。こけむした古仏とは違った魅力で、世俗的にいえばキャラが立っている。作者の石彫家、馬越正八さん(69)=松山市=に聞くと、「子供の笑顔がもとで愛と微笑がテーマです」。納得、納得......。

 地蔵の近くの出店店主と立ち話をしている女性(75)に話しかけた。14年前に亡くした夫の墓参りの帰りという。「3日に1回くらい、ぴんころさんの前を通って墓参りに行くがね。お父ちゃんはお墓の中で、何言っても話しかけてこないから、なんだかつまらないよ。あんたも1人になってみれば分かる。若い人は相手にしてくれねえしな。そういえば、ぴんころさんに毎日通っていた人が急に亡くなったけど、どうせ逝くならば、その方がいい。ぴんころさんの前を通った時は軽く会釈しているわ」

 夕暮れ時、市内の農業、森角精次さん(70)親子3人がぴんころ地蔵の頭をなでていた。森角さんは「70歳過ぎると、何があるか分からないからな。元気に働いて、コロリと逝くのが一番いい」。冷たい風が通りを吹き抜けた。

   ■

 ぽっくり寺は全国に数多くある。奈良県斑鳩町の吉田寺(きちでんじ)、水戸市の桂岸寺、福島県会津地方の「ころり三観音」、熊本県八代市の釈迦院などだ。古くから信仰を集めるところがある一方、「ぴんころ地蔵」のように比較的最近できたところも多い。その一つ、横浜市緑区の「福泉寺」も訪れてみた。

 本堂の隣に「ポックリ大師」と名付けられた開祖の弘法大師(空海)が立つ。右手に錫杖(しゃくじょう)、左の手には小さな観音様がのっている。友人2人で訪れた横浜市青葉区の主婦(62)はさい銭を入れて両手を合わせた。94歳の母親が同居しているといい、「老老介護も大変よ。家族みんなぽっくりで逝きたい」とささやいた。もう一人の主婦(60)はぽっくりお守り(500円)を買い、「お土産にはできないわねえ」と笑った。

 住職の杉本恒明さん(78)は以前、吉田寺に参詣、「近くでぽっくり寺にお参りしたい」という周りの声に応えて1995年、ポックリ大師を建立した。しばらくの間、地元の人でもなかなか気づかない状態だったが、参詣者が2~3年前から増え始め、今では東京、埼玉、千葉からやって来るという。春にはバスツアーも計画されている。

 それにしても、ぴんころ地蔵にポックリ大師、ころり観音......。「どの仏様がぽっくりの専門家なわけ?」と突っ込みたくなる。杉本住職は笑いながら説明してくれた。「ぽっくりを守ってくださる専門の仏様がいるわけではありません。うちはたまたまお大師様に人生の最期をお守りしていただこうとしましたが、他の寺では、より身近な存在である、お地蔵様や観音様が多いと思います」

   ■

 財団法人、日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団(大阪市)が08年、20~80歳代の全国の男女982人に「理想の死に方」を調査したところ、726人(73・9%)が「ある日心臓病などで突然死ぬ」を選んだ。複数回答で理由を聞くと、「家族に迷惑をかけたくない」576人▽「苦しみたくない」500人▽「寝たきりなら生きていても仕方がない」341人と続く。委託を受けた第一生命経済研究所の小谷みどり研究員は「多くの日本人にとって死に方の基準は『家族に迷惑をかけたくない』で、自らの宗教観や死生観をあまり持っていない」と指摘する。

 医師の立場からも話を聞きたくて、「達者でポックリ。」の著書がある、帯津三敬病院(埼玉県川越市)の名誉院長で、医師の帯津良一さん(75)を訪ねた。帯津さんは食道がんの専門医で、今では西洋医学に中国医学や代替医療を取り込んだ「ホリスティック医学」を実践している。

 帯津さんには「死に時」について忘れられない光景がある。90歳代の女医が転んで骨折、都内の病院に入院した。肺炎を併発して気管にチューブを入れられた。転院した2週間後に訪ねると、女性は10人部屋に。全員白髪で、手足を縛られて、半数が人工呼吸器をつけられていたという。

 数え切れない人をみとった帯津さんは、自らが考えるぽっくりについて「一発で死ぬだけではなく、1カ月間の闘病生活でもポックリと言える時もある。その人が治る希望を持つ、治らなくても、死を恐れず、死後の世界に展望を持ちながら過ごすのもポックリに近い」と話す。

 さらに「死をタブー視せず、もっと向き合ったほうがいい。私は病院の廊下を歩いている途中に前のめりに倒れて亡くなりたい。その通りにいくとは限らないが、死に方を考えることは悪くない」という。

 超長寿社会のぽっくり祈願。理想の死に方と現実とのギャップの大きさを反映しているようだ。

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